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東京の旅と歴史
東京の旅      大田区池上

池上本門寺
いけがみほんもんじ
東京都大田区池上1丁目1ー1
Tel 03-3752-2331


 本門寺は日蓮宗の大本山で、山号は長栄山、院号は大国院といいます。全国に末寺200寺を持ち、日蓮入滅の地として知られています。
 本門寺の石段は加藤清正の寄進によって造営されたそうです。「法華経」宝塔品の偈文96字にちなんで96段あります。「此経難持坂(しきょうなんじざか)」と呼ばれています。
 日蓮は弘安5年(1282)9月に病を治療するため身延山を下りました。常陸国隠井の湯におもむく途中に池上衛門大夫宗仲の屋敷に立ち寄りました。しかし次第に病が重くなり、10月13日に現在大坊本行寺となっている宗仲邸で入滅したということです。
 日蓮の死後、宗仲が自分の邸(約7万坪)を寄進し、日蓮の直弟子の日朗を中心として寺院の建立が推進されました。日蓮の七回忌の頃に伽藍の整備も進み、本門寺ができあがったようです。
 中世においては関東の有力武士、近世では徳川幕府や加藤清正などの力を得て発展し、寛永の頃に大本山としての役割を持つようになりました。

 本門寺の大堂(だいどう)は「祖師」すなわち日蓮を祀ることから「祖師堂」ともいわれます。旧大堂は、慶長11年(1606)加藤清正が母の七回忌追善供養のため建立しました。宝永7年(1710)焼失。享保8年(1723)8代将軍徳川吉宗の用材寄進により、規模を縮小の上再建されました。昭和20年(1945)4月の空襲により焼失し、昭和39年(1964)再建されました。鉄筋コンクリートで屋根は入母屋造り。高さ27mあります。
本門寺大堂

 本門寺の五重塔は高さ31.8mあります。空襲による焼失をまぬがれた貴重な古建築の1つで関東の塔では最古の塔です。江戸幕府2代将軍徳川秀忠の乳母である岡部局(大姥局)(正心院日幸尼)の発願により、慶長13年(1608)に建立されました。全面ベンガラ(赤色塗料)塗り、建築様式は初層は和様、二重から上は禅宗様になっています。国の重要文化財に指定されています。
本門寺五重塔

 宝塔は、文政11年(1828)日蓮の550遠忌を記念し、犬山城主・成瀬氏らが再建しました。木造建築の軸部は平面円形でやや伏鉢状になっていて、測柱8本を円形に配し、内部には4天柱を立てています。伏鉢部の上に12本の測柱および8本の柱を円形に配して上層を作っています。この宝塔は富山本法寺が所蔵している重要文化財の絹本着色法華曼荼羅図に描かれた多宝仏塔によく似ています。時代的には新しいものですが、宝塔形式の遺構はほとんど類例がないほど珍しいものです。国の重要文化財に指定されています。
本門寺宝塔

 経蔵は天明4年(1748)に再建されたものです。宝形造り、銅板葺き、方五間輪蔵形式の造りで、空襲による焼失をまぬがれた建物の1つです。輪蔵形式の内部には回転する八角形の書架があり、天海版一切経が収められていました。大田区の文化財に指定されています。
本門寺経蔵



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