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東京の旅と歴史
東京の旅      港区芝公園

増上寺
ぞうじょうじ
東京都港区芝公園4−7−35
Tel 03-3432-1431


 三縁山(さんえんざん)増上寺は明徳4年(1393)に現在の紀尾井町付近に創建された浄土宗の大本山です。徳川将軍家の菩提寺として有名です。慶長3年(1598)の江戸城拡張に伴い現在の所に移転してきました。
 天正18年(1590)、徳川家康が江戸入府の折、たまたま増上寺の前を通りかかり、源誉存応上人と対面したのが菩提寺となるきっかけになったと伝えられています。また増上寺には檀林と呼ばれる学問所(及び養成所)もおかれ、関東18檀林の筆頭となりました。
 元禄14年(1701)3月に江戸下向した勅使が増上寺を参詣するのをめぐって畳替えをしなければならないところ、高家の吉良義央が勅使饗応役の浅野長矩に畳替えの必要性を教えず、これが3月14日の殿中刃傷の引き金になり、忠臣蔵の仇討のきっかけになりました。
 太平洋戦争中の空襲によって徳川家霊廟、五重塔をはじめとした遺構を失う大きな被害を受けました。プリンスホテルが進出するにあたって、所沢にできた狭山不動尊に徳川2代将軍秀忠の台徳院霊廟の門だった勅額門や御成門、丁子門などを移築してしまったのは残念です。

 増上寺三解脱門は三つの煩悩を断ち切るという意味の門で増上寺の建立当時から残る貴重な建物です。木造では武蔵野でも最大級の山門で、見上げる者を圧倒する大きさです。この朱塗りの門は国の重要文化財に指定されています。
増上寺三解脱門

 現在の本堂は、以前の本堂が戦災で焼失したので昭和49年(1974)に再建されました。鉄筋コンクリート造りで、地下一階はコンサート等も出来るホールになっています
増上寺大殿

 境内にある水盤舎は3代家光の3男、甲府宰相綱重(清揚院殿)の御霊屋にあったものです。お参りする前にこの浄水で口をすすぎ、手を洗い、心身を清めるためのものです。
水盤舎

 大梵鐘は4代将軍徳川家綱の命により延宝元年(1673)、品川御殿山で椎名伊予守によって鋳造されたものです。高さ3m、重さ15トンの大梵鐘です。江戸の大半に響いたといわれ、川柳にも読まれています。
大梵鐘
 今鳴るは 芝か上野か 浅草か
   江戸七分 ほどは聞える 芝の鐘

 遠く木更津まで響いたといわれ江戸庶民に親しまれ多くの川柳を生んでいます。
大梵鐘



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