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東京の旅と歴史
東京の旅      港区高輪

泉岳寺
せんがくじ
東京都港区高輪2ー11ー1
Tel 03-3441-5560


 東京都港区高輪にある泉岳寺は、慶長17年(1612)外桜田の地に今川義元の菩提のために門庵宗関和尚(今川義元の孫)を拝請して徳川家康が建立しました。
 「寛永の大火」によって焼失し、現在の高輪の地に移転しました。
 「泉岳寺」は、徳川に因み「源の泉、海岳に溢るる」の意から付けられたそうです。2万坪を有し七堂伽藍を完備していましたが、明治維新の廃仏毀釈により大打撃を受けました。泉岳寺40世円頓霊厳和尚の努力によって再興され、その後、震災で本堂などが消失しましたが戦後再興されました。
 赤穂浪士が葬られた寺として有名です。浪士は当初は47人で吉良邸に討ち入り、寺坂吉右衛門が引き上げの際に暇を出され、切腹したのは46名でした。泉岳寺に埋葬されたのは身内が遺骸を引き取った間新六郎をのぞく45名でした。墓石の出来たのは後のことです。

 赤穂藩主の浅野内匠頭の墓です。元禄14年(1701)3月14日、殿中松の廊下の刃傷で即日田村右京大夫邸で切腹、遺骸は菩提寺であるここ泉岳寺に埋葬されました。
浅野内匠頭の墓

 境内には首洗いの井戸があります。討入りをして本懐を果たした義士一行が、上野介の首級を井戸水で洗い主君の墓前に報告したことから「首洗い井戸」といわれています。
首洗いの井戸

 家老大石内蔵助の墓があります。赤穂浪士の中心人物、城代家老大石内蔵助の墓です。元禄15年(1702)12月14日、吉良邸に討ち入り主君の恨みをはらしました。
大石内蔵助の墓



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