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東京の旅と歴史
東京の旅          中央区

日本橋
にほんばし
東京都中央区日本橋1・日本橋室町1
Tel 03-3546-6525 中央区観光協会


 日本橋は古来街道の起点として広く親しまれ現在も交通の要衝として知られています。東海道をはじめ、中山道・甲州街道・日光街道・奥州街道と、徳川幕府が定めた五街道の起点となっていて、ここから日本全国へ街道がのびています。
 日本橋は日本橋1丁目と日本橋室町1丁目の間の、日本橋川に架けられています。徳川家康が幕府をひらいた慶長8年(1603)に初代の橋が架けられたようです。日本橋川は江戸城大手口と隅田川を結ぶ重要な水路として江戸経済の中心となりました。
 橋詰には高札場があり、魚河岸があったことでも有名です。幕末の様子は、安藤広重の錦絵でも知られています。江戸の中で最も賑わう場所として、浮世絵による風景画に描かれています。明暦3年(1657)の明暦の大火により全焼し、明治維新までの間に10回もの火事にあっています。
 明治初期に石造の日本橋が、肥後の石工である橋本勘五郎によって架けられました。明治後期には東京遷都30年を記念して橋の両端に杉細工の「緑門」と呼ばれる鳥居が建てられたそうです。現在の日本橋は東京市により、石造2連アーチの道路橋として明治44年(1911)に完成しました。
 橋長49m、橋幅28m、アーチ径間21mで、平成11年(1999)に国の重要文化財に指定されています。壁石は切石積み。翼壁上に湾曲形の袖壁をめぐらしています。装飾用材は全て青銅で、中央及び橋台部4隅に花形ランプ付方錘柱を建て、各柱座に蹲踞状の麒麟を配しています。ルネッサンス式橋梁本体に和漢洋折衷の装飾が調和しています。米元晋一が設計し、妻木頼黄が装飾を担当し、装飾の制作は渡辺長男です。
 日本橋の文字が刻み込まれたプレートは、徳川15代将軍慶喜の筆によるものです。橋の真中には、「日本国道路元標」のプレートが埋め込まれています。昭和19年(1944)3月10日の東京大空襲の際の焼夷弾跡が残されています。技術的、意匠的に優れた明治期を代表する石造アーチ道路橋です。



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