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東京の旅と歴史
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護国寺
ごこくじ
東京都文京区大塚5−40−1
Tel 03-3941-0764


 神齢山護国寺は真言宗豊山派大本山です。天和元年(1681)、5代将軍徳川綱吉が、生母桂昌院の願いにより、上野国(群馬県)碓氷八幡宮の別当、大聖護国寺の亮賢僧正を招lいて創建した祈願寺です。桂昌院念持仏の如意輪観世音菩薩像を本尊としています。
 元禄7年(1694)、綱吉と桂昌院ともども護国寺に参詣し、寺領は300石から加増され600石となりました。その翌年、将軍の信頼が厚い快意僧正が第3世になり、元禄10年(1697)には現在の本堂である観音堂が造営されました。
 観音堂は元禄時代の建築工芸の粋を結集した大建造物で、その雄大さは江戸隋一といわれました。以来、護国寺界隈は護国寺の隆盛と共に賑わい、寺領も1200石と加増され、境内には多くの建造物が甍を併べた大殿宇となりました。
 常陸筑波山の別院知足院の隆光僧正は綱吉から信頼を得て、神田橋外に巨刹を興し護持院と改称し、将軍家祈願の任に当っていました。寺領1500石で、新義真言宗で最も格式の高いお寺でした。享保2年(1717)、護持院は火災に遭い、上野寛永寺と並び称せられた巨刹も堂塔一宇残らず焼失したのでした。
 その後、幕命により護持院を護国寺に合伴し、観音堂の方を護国寺に、本彷の方を護持院とし、護持院の住職が護国寺住職を兼ねることとなりました。以後、両寺領併せて2700石の寺領となり、幕府祈願の任を勤め、江戸時代の名所として人々に親しまれてきました。
 明治時代初頭に出された神仏分離令により、護持院は廃寺となりましたが、護国寺は残りました。明治16年(1883)、大正15年(1926)に火災があり、堂宇の多くを失いましたが、観音堂(本堂)は元禄以来の姿を変えず、また、近江三井寺より移築された月光殿(重文)は桃山期の建築美を今に伝え、国の重要文化財に指定されています。

 護国寺の本堂は元禄10年(1697)に建てられた大きな建物です。桁行7間、梁間7間、1重、入母屋造り、向拝3間、瓦棒銅板葺きです。元の本堂は、大正の大火で焼失したため、同時期に建てられた観音堂を移築して本堂としたそうです。大きな流れ向拝を付した大建造物で、元禄文化の様相を伝える貴重な建物で、昭和6年(1931)に国の重要文化財に指定されています。
護国寺本堂
 護国寺の月光殿は本堂に向って左側にあります。書院造りの建物は大津市の三井寺塔頭の日光院客殿でした。桃山時代の建立で、織田信長の時代に大修理を施しています。昭和3年(1928)、品川御殿山を経て護国寺に移築されました。桁行7間、梁間6間、1重、入母屋造り、妻入、正面軒唐破風付、桟瓦葺きです。昭和6年(1931)に国の重要文化財に指定されています。
護国寺月光殿
 丹塗りの仁王門には「神齢山」と書かれた扁額が掲げられています。桁行11.5m、梁間6m、切妻造りの重厚な八脚門です。表側両脇間に金剛力士像が、背画両脇間には増長天、広目天が安置されています。建立の年代については、元禄10年(1697)造営の観音堂(現本堂)よりやや時代が下ると考えられています。
護国寺仁王門
 護国寺の石段手前には手水舎が建っています。手水舎に置かれた「唐銅蓮葉形手洗水盤」は桂昌院の寄進したものです。元禄10年(1697)頃の鋳造で、江戸鋳物師椎名伊豫良寛が造りました。江戸名所図絵にも描かれていたそうです。
護国寺手水舎
 護国寺の石段の途中には中門があります。京都の鞍馬山の山門を模して昭和13年(1938)、三尾邦三の寄進により建立されたそうです。梁に掲げられた額には「不老」の文字が書かれています。徳川家達の手によるもので、そのためこの中門は、「不老門」と呼ばれています。
護国寺不老門
 護国寺多宝塔は石段を上がった左側に建てられています。滋賀県にある石山寺の多宝塔を模し、昭和13年(1938)に建立されたものです。二重の宝塔で、初重は三間四方、上層部の軸部が円柱形になっています。
護国寺多宝塔
 護国寺薬師堂は月光殿の右奥、本堂の左手に建てられています。元禄4年(1691)に建立した一切経堂であったものを移築して薬師堂としたそうです。三間四面の棧瓦葺き、宝形造りで屋根に青銅製の宝珠を載せています。本尊の薬師如来は草創期に蟹ケ池より出現した霊像で、薬師如来像の胎内に収められているそうです。
護国寺薬師堂
 護国寺鐘楼は本堂に向って右側に建てられています。桁行3.5m、梁間3.2mで、現在では珍しい形式とされる袴腰付重層入母屋造りです。江戸時代中期に建立されたものといわれ、「江戸名所図会」にも描かれていたそうです。鐘楼には、天和2年(1682)銘の梵鐘が掛かっています。
護国寺鐘楼
 護国寺の大師堂は鐘楼から一段下がった左側に建てられています。元禄14年(1701)建立の薬師堂を、大正15年(1926)に大修理して移建したのが今の大師堂です。棧瓦葺きの寄棟造りに流れ向拝を付した、シンプルな建物です。中には、弘法大師、興教大師、本覚大師が安置されています。
護国寺大師堂



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