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輪王寺・大猷院
りんのうじ・たいゆういん
栃木県日光市山内2300
Tel 0288-54-0531


 世界遺産に登録されている日光山輪王寺は、日光山中にあるお寺やお堂、さらに15の支院の総称です。東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と呼ばれています。輪王寺の堂塔は日光山の中の至る所に点在していて、1ヶ所にはまとまっていません。比叡山延暦寺、東叡山寛永寺とともに天台宗三大本山の一つに数えられています。
 神橋から長坂を登りつめた所に日光開山の祖である勝道(しょうどう)上人の像があります。ここが輪王寺の入口です。明暦元年(1655)に、後水尾上皇から「輪王寺」の寺号を賜り、満願寺から寺名を変え、門跡寺院になりました。
 輪王寺の創建は勝道上人が天平神護2年(766)神橋のそばに四本竜寺(しほんりゅうじ)を建立し千手観音を安置したのが始まりとされています。延暦3年(784)勝道上人はさらに二荒山中腹の中禅寺湖畔に中宮祠をつくり、ふもとの日光に二荒山神社を建てました。嘉祥元年(848)慈覚大師が三仏堂、常行堂、法華堂などを建立しました。 
 鎌倉時代に入ると領主や権力者によって崇敬、帰依され寺運が隆盛し「日光三所権現」として山岳信仰も盛んになります室町時代に入ると小田原北条氏から庇護されましたが、対立した豊臣秀吉が勝利し北条氏が滅ぶと寺領を没収され一時衰退します。社領が認められないなどの弾圧を受け一時衰退します。
 慶長18年(1613)、徳川将軍の相談役でもあった天海僧正が貫主(かんす)となってから隆盛になり、江戸幕府の初代将軍徳川家康を祀る東照宮を創建してからは一大聖地へと躍進しました。承応2年(1653)には3代将軍徳川家光の霊廟である大猷院が建立され、徳川家とより深いゆかりのある寺院となりました。
 明治の神仏分離令により古来から神仏混合だった日光山全体を日光東照宮、二荒山神社、輪王寺と「二社一寺」に分離されました。輪王寺も称号を没収され本坊が焼失しまいます。明治15年(1883)に輪王寺の寺号が復され、堂宇も再建されました。

三仏堂
 輪王寺三仏堂は日光山の総本堂で、東日本で一番大きい木造建造物です。嘉祥元年(848)に慈覚大師が比叡山延暦寺の根本中堂を模して建立したと伝えられています。三仏堂の前には、天然記念物に指定されている、樹齢500年といわれる「金剛桜」があり、春には美しい花を咲かせます。
輪王寺三仏堂
 三仏堂は当初、滝尾神社付近に建てられました。現在の建物は正保2年(1645)に三代将軍徳川家光が再建したものです。明治14年(1881)二荒山神社付近にあった三仏堂を現在地に移築しました。
輪王寺三仏堂
 桁行7件、梁間4間、入母屋造り、銅瓦葺きの巨大な堂宇です。三仏堂という呼び名は日光の三山である男体山、女峰山、太郎山からきています。三山をを神体とみて、その本地仏である千手観音(男体山)、阿弥陀如来(女峰山)、馬頭観音(太郎山)の高さ8.5mの3仏を祀っています。
輪王寺三仏堂
 これらの3仏は密航三社権現本地仏といわれます。東照三社権現本地仏という本尊もあり、薬師如来、阿弥陀如来、釈迦如来の掛仏も祀られています。三仏堂は国の重要文化財に指定されています。
輪王寺三仏堂

 逍遥園は紅葉の名所として有名な回遊式庭園です。輪王寺門跡の庭園として江戸時代初期に作庭されたもので、一説には小堀遠州(こぼりえんしゅう)の作と伝え、その完成を見たのは寛永年間だといわれています。入口には明治天皇日光行在所の碑が建っています。輪王寺では、朝廷から門跡を迎えていて、宮様が故郷をしのんで寂しがらないようにと、近江八景にならって八勝景のある庭園を造園したと伝えられています。
逍遥園

 常行堂と法華堂は、二荒山神社の前に並んで建つお堂です。慈覚大師によって建立されました。2棟は渡り廊下で結ばれていて、2棟で「二ツ堂」とも称されています。常行堂は阿弥陀如来像を祀り、源頼朝の分骨が納められていることから、頼朝堂とも称されています。
常行堂
  常行堂は元和5年(1619)に建てられています。桁行5間、梁間6間、宝形造り、向拝1間、銅瓦葺きです。古来の密教建築を受け継いだ形式を持っています。中央には4本の柱を建てその内部に須弥壇を配しています。常行堂は国の重要文化財に指定されています。
常行堂
 法華堂は慶安2年(1649)に建てられています。桁行3間、梁間4間、宝形造り、向拝1間、銅瓦葺きです。中央の須弥壇には本尊である普賢菩薩をはじめ鬼子母神や十羅刹女などが安置されています。法華堂は国の重要文化財に指定されています。
法華堂
 常行堂と法華堂との間の渡廊(わたりろう)です。渡廊は桁行8間、梁間1間で東の端を常行堂に接し、西の端は切妻造りとなって法華堂に続いています。渡廊は国の重要文化財に指定されています。
渡廊

 護摩天堂は元和5年(1619)に建てられた日光で随一の護摩祈願所です。桁行5間、梁間3間、寄棟造り、向拝1間、銅瓦葺きです。神仏混合の名残で当初は内権現堂と称していました。本尊の五大明王をはじめ、七福神、十二天などの仏像や祖師像などが祀られています。天井には2年半かけて完成した「大昇竜」が描かれています。国の重要文化財に指定されています。
護摩天堂


輪王寺大猷院
りんのうじたいゆういん


 輪王寺大猷院は徳川3代将軍家光の廟所です。大猷院(たいゆういん)とは大きな仕事を成し遂げたという意味だそうです。後光明天皇から賜った家光の法号でもあります。家康を敬愛していた家光が、死んだ後も東照大権現にお仕えすると遺言したことから作られました。
 4代将軍家綱は酒井忠勝に命じ、承応元年(1652)2月から承応2年(1652)4月まで1年2か月という短い期間で大猷院を造営しています。大棟梁は平内大隅守応勝で日光東照宮を敬う立場から主要堂宇は東照宮方向を向き、東照宮より規模は小振りです。
 大猷院は東照宮の後に建てられたことから技術が飛躍的に向上していて、地味目ですが彫刻、絵画、調度品は素晴らしいものです。東照宮が神式であるのに対して、大猷院はすべてが仏式になっています。そのため輪王寺に属することになりました。

 仁王門は承応2年(1653)に建てられています。3間1戸、8脚門、切妻造りの銅瓦葺きです。建物全体は朱色を基調として上部の構造体は黒色、金物を金、彫刻を極彩色で彩っています。構造は東照宮の表門と似ていますが、こちらはシンプルで装飾彫刻はあまり見られません。大猷院の中では比較的落ち着いた彩色で威厳を感じます。仁王門は国の重要文化財に指定されています。
大猷院仁王門

 仁王門を入って左手には承応2年(1653)に建てられた二天門があり、これも国の重要文化財に指定されています。桁行5.3間、梁間3.1間、3間1戸、8脚楼門、入母屋造りで銅瓦葺き、前後の屋根に唐破風が設けらています。朱色が基調で金物は金、1層目の組物が黒、2層目の組物が極彩色になっています。後水尾天皇の宸筆した「大猷院」の扁額があります。正面に持国天と広目天が安置されているので二天門といわれています。二天門は国の定重要文化財に指定されています。
大猷院二天門

 霊廟の入り口でもある夜叉門は承応2年(1653)に建てられた8脚門です。切妻造りで銅瓦葺き、正面には唐破風がついています。色鮮やかで華やかな門で、彫刻が極彩色で彩られ、牡丹、唐草牡丹の彫刻が多用されている事から牡丹門とも呼ばれています。霊廟の鎮護のために毘舵羅、阿跋摩羅、鍵舵羅、烏摩呂伽を納めています。夜叉門は国の重要文化財に指定されています。
大猷院夜叉門

 拝殿の前にある唐門は承応2年(1653)に建てられました。唐破風を持つ1間1戸、高さ3mと小さめの門です。隅々まで繊細な彫刻と金、白を基調とした彩色が施されています。破風内部には雌雄の鶴、欄間には白竜、木鼻には獅子が彫り込まれています。唐門は国の重要文化財に指定されています。
大猷院唐門

 承応2年(1653)建立の拝殿は桁行8間、梁間3間、入母屋で本殿、相之間と一体となる権現造りとなっています。正面には大きな千鳥破風あり、向拝は軒唐破風です。拝殿の内部は金箔で覆われています。大羽目には唐獅子と狛犬が描かれています。障壁画は狩野探幽と狩野安信の手によるものだそうです。天井には格子毎に竜が描かれて140匹もあるそうです。大猷院拝殿は国宝に指定されています。
大猷院拝殿

 拝殿と同時期に建立された本殿は桁行5間、梁間5間、2層入母屋で拝殿、相之間と一体となる権現造りとなっています。建物全体が黒漆塗りの上に金箔を貼り付けられ、彫刻を極彩色、垂木、高欄部を朱塗り、花頭窓周囲を黒に塗るなど色分けし格式と調和を図っています。内部には三代将軍徳川家光の木像と御霊碑を安置した宮殿が設置されています。大猷院本殿は国宝に指定されています。
大猷院本殿

 皇嘉門は本殿の右側にあり、透塀をはさむ形で立つ美しい門です。承応2年(1653)に建てられ、中国・明朝の建築様式で造られたもので、竜宮城のような形から「竜宮門」とも呼ばれています。この門の奥が家光の墓所にあたる奥の院になっています。極彩色で彩られ、白漆喰の壁に大猷院の基調となる黒と金が際だっています。皇嘉門は国指定重要文化財に指定されています。
皇嘉門



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