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埼玉の旅と歴史
埼玉の旅      さいたま市岩槻区

慈恩寺観音
じおんじかんのん
埼玉県さいたま市岩槻区慈恩寺139
Tel 048-794-1354


 華林山慈恩寺は天長元年(824)慈覚大師を開基とした天台宗のお寺です。坂東33ヶ所観音霊場の12番札所になっています。正面に本堂である間口13間の観音堂が壮大に建っています。
 寺名は開山の慈覚大師が唐に渡って遊学した長安の大慈恩寺からとったものだそうです。大慈恩寺は天竺から仏典を持ち帰った西遊記の三蔵法師のモデルである玄奘三蔵が漢訳に従事した寺だそうです。
 中世における慈恩寺領には、本坊42坊・新坊24坊の併せて66坊もの塔頭が存在しました。岩付太田氏から、北条氏へ支配が移り、天正17年(1589)に北条氏房の家臣、伊達房実が岩槻城主になり、南蛮鉄の灯籠を寄進しています。この灯籠はさいたま市の有形文化財の指定されています。
 天正18年(1590)豊臣秀吉の命により、徳川家康は関東に入り関八州を支配しました。家康は寺領100石を寄贈しています。寛文10年(1670)東照神君の霊牌供養料28石を受け、文政年間(1818-1830)から日光輪王寺法親王歴代の参籠所となりました。
 文政10年(1827)慈恩寺は焼失し、天保14年(1843)深乗上人の代に再建され、昭和の大改修がなされて今日に及んでいます。13間4面の大本堂は、格天井の花鳥絵、天井の鳳凰の図、欄間の天人の彫り物などこの大寺にふさわしく、みな立派なものです。
 境内の十三重霊骨塔には、中国の古典「西遊記」でおなじみの三蔵法師玄奘の遺骨が分骨され、安置されています。昭和17年(1942)、南京駐留の日本軍がたまたま土木作業中に玄奘三蔵法師の遺骨を発掘し、南京政府に届け出ました。そこで、その分骨が日本仏教会に贈られ、現在、ここの石造十三重の塔に納められているのです。



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