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神奈川の旅と歴史
神奈川の旅      南足柄市

最乗寺
さいじょうじ
神奈川県南足柄市大雄町1157
Tel 0465-74-3121


 大雄山最乗寺は応永元年(1394)了庵慧明(りょうあんえみょう)禅師が開いた寺です。明神ヶ岳の中腹にあり、杉並木は県の天然記念物に指定されています。
 仁王門から境内までの約3kmの間に約1万株のアジサイが植えられていてアジサイ参道とも呼ばれ神奈川景勝50選にも選ばれているところです。
 仁王門のアジサイです。これより3キロに渡り続き、「天狗の小径」と車道とのアジサイ参道が続きます。周りには神奈川県天然記念物に指定されている樹齢450〜600年の鬱蒼とした杉並木が参拝者を迎えてくれます。
仁王門
 最乗寺は南足柄市にある曹洞宗の古刹で永平寺、総持寺に次いで、曹洞宗では全国第三の格式を誇っています。創建に寄与した道了という憎が寺の完成後に天狗(てんぐ)となり、山中に身を隠したという伝承から「道了尊」とも呼ばれています。
 仁王門は参道の3丁目に位置しています。朱色の門「東海法窟」の額と「最乗寺専門僧堂」の聯(れん)を掲げてあり、阿吽の金剛力士像が安置されています。
仁王門
 最乗寺は全国に4千余りの門流をもつ寺です。神奈川県内では大山不動、川崎大師とともに3大名刹に数えられています。本尊は釈迦牟尼仏で、脇侍仏として文殊、普賢の両菩薩を奉安しています。
 開創以来600年の歴史をもつ関東の霊場として知られています。真人打出の修行専門道場です。27万平方mの広い境内に、老杉が茂 り霊気がみなぎっています。30あまりの堂塔が並んでいます。
 開山了庵慧明禅師は、今の伊勢原市付近にに生まれました。地頭でしたが乱世の虚しさを感じ、鎌倉の不開禅師に就いて出家しました。能登総持寺の峨山禅師、丹波永沢寺通幻禅師に学びました。そして各地の寺を回り大本山總持寺に輪住します。
山門
 50才半ばにして相模国曽我の里に戻りました。ある日、一羽の大鷲が禅師の袈裟をつかんで足柄の山中に飛び大松(袈裟掛けの松)の枝に掛けました。その啓示でこの山中に最乗寺を建立したのです。
 僧堂(選仏場)があります。聖僧文殊菩薩を祀るところから僧堂と云われています。修行僧が日夜、坐禅弁道に励む根本道場です。
僧堂
 右の小さな建物が金剛水堂です。開創の時、道了が自ら井戸を掘り土中から鉄印を見つけます。最乗寺重宝、御金印です。その跡から霊泉(金剛水)が湧出し来600年諸病を癒す金剛水と称されています。
金剛水堂

 南足柄市の重要文化財に指定されている多宝塔です。文久3年(1863)建立されています。多宝如来を奉安していて方形層上円形木造2重の塔です。
多宝塔
 本堂の護国殿は、昭和29年に再建されています。間口15間、奥行き12間。昭和を代表する仏教建築家、伊藤忠太氏の設計です。御本尊の釈迦牟尼仏、脇侍に文殊・普賢両菩薩を祀っています。
本堂の護国殿
 1月、5月、9月の27〜28日に大祭が執り行われます。11月27日の鎮火祭には大勢の参詣者で賑わうそうです。
 最乗寺の守護、妙覚道了大薩埋は修験道における満位の行者でした。相模房道了尊者として世に知られた人で、強大な霊力の持ち主であったと伝えられていて、現在でも尊崇を集めています。
 結界門(けっかいもん)より道了大薩の浄域とされています。手前に御供橋(ごくうばし)・圓通橋(えんづうばし)があり、中央に御供橋、両脇に圓通橋が並行しています。御供橋は白装束を身にまとった修行僧が道了様へのお供えをする時に使用する為の橋で、普段は通行する事ができないようになっています。
結界門
 幽玄なおもむきの結界門をくぐると、御神殿内には巨大な天狗の像が見えてきます。広い境内に神聖な静寂が包みます。
 左右にそびえる天狗の像を過ぎると右手に77段の石段が立ちはだかります。永久に寺を守護すると言い残して、天狗になって飛び去ったという500人力の弟子、道了が現れそうです。
 階段の上には御真殿があります。ここは妙覚宝殿(みょうがくほうでん)ともいわれています。最乗寺の守護妙覚道了大薩をご本尊に大天狗・小天狗が両脇侍として祀られています。朝晩の祈祷から日中の特別祈祷が、修行される道場でもあります。
御真殿
 御真殿には高下駄が置いてあります。御真殿脇に奉納された大小の高下駄です。天狗の履き物は高下駄です。これにちなんで境内には多くの下駄が奉納されています。
 下駄は左右一対そろって一人前です。ここから夫婦和合の信仰がうまれました。奉納者が後を絶たないそうです。
 鬱蒼とした老杉に囲れた中、今度は350段余りの階段を登ります。大雄山のもっとも高い所にでます。そこが奥の院です。
 御本地十一面観全音菩薩(当山守護道了大薩の御本地)が奉安されている奥の院です。紫雲閣ともいわれています。
奥の院
 「金太郎のふるさと」でもある足柄は、「古事記」によると足柄道が都と東国を結ぶ官道で した。旅人たちの足柄の歌が万葉集などにも残されているところです。



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