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神奈川の旅と歴史
神奈川の旅      鎌倉市

鶴岡八幡宮
つるがおかはちまんぐう
神奈川県鎌倉市雪ノ下2丁目1ー31
Tel 0467-22-0315


 鶴岡八幡宮は鎌倉の武士の守り神である神社です。康平6年(1053)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、由比ヶ浜辺に源氏の氏神として八幡宮を祀ったのが始まりです。その後、頼朝は現在の地に移し、建久2年(1191)に鎌倉幕府にふさわしい上下両宮の現在の姿にしました。
 頼朝は、この頃すでに天下を治め、鎌倉は事実上、京都と並んで政治文化の中心となっていましたので、鶴岡八幡宮は関東の守護、国家鎮護の神社となりました。
楼門
 仁徳天皇などを祀る素晴らしい権現作りの若宮(下宮)、徳川家斉が再建した流権現造の本宮(上宮)、源頼朝と源実朝を祀る白旗神社、承久の乱に出陣の旗揚げを行った旗上弁財天社、静御前が舞ったという舞殿などが点在しています。
舞殿
 境内の中にある御神木の大銀杏(おおいちょう)は、樹齢800年とも1000年ともいわれています。鎌倉時代、源頼家の子である公暁がこの銀杏の木に隠れて待ち伏せ、源実朝を殺害したという伝説もあります。
大銀杏
 鎌倉幕府衰退後は、25の僧坊の数も減少し、一時衰退しました。江戸時代に入ると江戸幕府の庇護を受け、仁王門、護摩堂、輪蔵、神楽殿、愛染堂、六角堂、観音堂 法華堂、弁天堂などが建てられました。徳川家光の時には薬師堂、鐘楼、楼門なども建てられました。また境内には、方五間の多宝大塔、東照宮も存在していました。
 明治維新までは神仏習合して八幡宮寺と呼ばれ30以上の堂宇を構えていましたが、廃仏毀釈で多宝大塔などの仏堂は破壊され、仏像、仏具、什宝、経典なども破壊・焼却処分されてしまいました。
 85000平方mある鶴岡八幡宮境内は国の史跡に指定されています。鶴岡八幡宮 大鳥居(一の鳥居)、末社丸山稲荷社本殿、摂社若宮、上宮 本殿、幣殿及び拝殿、上宮 回廊、上宮 末社武内社本殿は国の重要文化財に指定されています。

鎌倉国宝館
 鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮境内にある鎌倉国宝館は、昭和3年(1928)に竣工しました。大正12年(1923)の関東大震災で鎌倉も大きな被害を受けました。円覚寺の仏殿が倒壊したのを始め、貴重な文化財が罹災したことから、耐震・耐火の収蔵・展示施設を建てることになったものです。
鎌倉国宝館
 鶴岡八幡宮だけでなく、鎌倉市内の各社寺が所蔵する仏像、工芸品、書画、古文書など貴重な文化財4800点余りを保管、展示しています。建長寺の「蘭溪道隆像」(国宝)や鶴岡八幡宮の「弁才天坐像」(重要文化財)なども展示されています。
鎌倉国宝館



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