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群馬の旅と歴史
群馬の旅      富岡市

貫前神社
ぬきさきじんじゃ
群馬県富岡市一ノ宮1535
Tel 0274-62-2009


 貫前神社は千年余を経た古木に囲まれた荘厳な静けさの中にあります。鳥居から長い階段を下ったところに建立しています。
 貫前神社の唐銅製燈籠(からかねせいとうろう)は高さ395cmの一対の銅製燈籠です。慶応元年(1865)に制作され慶応2年にここに建てられました。地元の養蚕農家をはじめ上州、江戸、横浜の生糸、絹商人などから4790両もの献納金が集まったそうです。富岡市指定重要文化財です。
唐銅製燈籠
 貫前神社は531年に武神である経津主神 (ふつぬしのかみ) と農耕の神、比売大神 (ひめおおかみ) を祀ったのが始まりで、1500年近くの歴史があります。
 現在の社殿は3代将軍徳川家光の命によって建てられたそうです。江戸時代初期の漆塗りで極彩色の社殿は国の重要文化財に指定されています。
 醍醐天皇の時代に編纂の始まった延喜式の神名帳には明神大社として列せられていて古にしえの時代からの名社です。上野国一之宮として朝野をとわず崇敬をあつめてきました。 
 本殿・拝殿・楼門は寛永12年(1635)3代将軍家光が再建し、その後元禄11年(1698)に5代将軍綱吉の時代の大がかりな修理をしたということです。
 天武天皇の時代に初の奉幣(ほうべい)があったそうです。奉幣とは天皇の命により神社に幣帛を奉ることで、当時遠く奈良の都にまで貫前神社の存在が知られていた事が推察できます。
 社伝には鷺宮(さぎのみや)(安中市)に物部姓磯部氏が、氏神である経津主神を祀り、その鷺宮の南方、蓬ヶ丘綾女谷(よもぎがおかあやめがたに)に社を定めたのが安閑天皇の元年(531)とされ、これが創建とされています。

 境内には藤太杉(とうたすぎ)とよばれる大杉があります。樹齢1200年といわれています。天慶2年(939)下野国唐沢山(現佐野市)の城主藤原秀郷(俵藤太秀郷)が平将門討伐の際、ここに参拝して自分と同じ年の36本奉納した内の一本だといわれています。
藤太杉



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