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千葉の旅と歴史
千葉の旅      松戸市

戸定邸
とじょうてい
千葉県松戸市松戸642−1
Tel 047-362-2050 戸定歴史館


 戸定邸は第15代将軍徳川慶喜の弟で最後の水戸藩主、徳川昭武(あきたけ)が明治17年(1884)に松戸別邸として建てた近世武家屋敷造りの建物です。昭和26年(1951)、昭武の嫡男・武定により建物と敷地が松戸市に寄贈され、平成3年(1991)に一般公開されました。
 徳川昭武は13才の時、慶応3年(1867)パリ万国博覧会に将軍の名代として派遣され、ヨーロッパ各国を歴訪しました。その後パリで留学生活を送り、明治維新で帰国、最後の水戸藩主になります。明治16年(1883)に29才の若さで当主の座を退き、翌年戸定邸を建設しました。
 戸定邸は木造平屋一部2階建で、延床面積は728平方mあります。木造の8つの建物が連なり、明治初期の高い技術で重厚さと気品を備えて造られています。南にある表座敷棟を起点として、各棟が連続もしくは渡廊下で結ばれています。表座敷棟は床・棚付で十畳の客間や八畳の書斎があります。
 華美な装飾のない簡素な構成の中に、最高級の杉の柾目材をふんだんに使っており、旧大名の住まいの風格があります。客間を中心とした「表向き」の部分と主人や家族のための生活空間の「奥向き」の部分に分かれています。
 明治35年(1902)4月、戸定邸に大正天皇となられた皇太子が御来訪され、多くの皇族の方も長期にわたって滞在されたそうです。徳川慶喜もたびたび訪れました。随行していた御供は「使者の間」を使用し、客は玄関から、随行者は「使者の間」の内玄関から出入りしたそうです。
 戸定邸は平成17年(2005)に「関東の富士見百景」に選ばれています。翌年には、明治前期の上流住宅の姿を伝えていることから国の重要文化財に指定され、平成20年(2008)には「ちば遺産100選」に選ばれています。芝生を使い、洋風を取り入れた庭園は昭和61年(1986)に県の名勝に指定されています。


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