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千葉の旅と歴史
千葉の旅      安房郡鋸南町

鋸山日本寺
のこぎりやまにほんじ
千葉県安房郡鋸南町(きょなんまち)元名184
Tel 0470-55-1103


 乾坤山日本寺は神亀2年(725)に聖武天皇の勅詔により行基によって開かれた曹洞宗の関東で最も古い勅願所です。南房総国定公園の中にあり、奇岩・名勝の地として知られる鋸山山頂に位置しています。
 日本寺には慈覚大師や弘法大師などの名僧も修行に訪れ、最盛期には7堂12院100坊を数え、隆盛をきわめたそうです。本尊の薬師瑠璃光如来坐像をはじめ百尺観音、東海千五百羅漢が点在しています。
  本尊は高さ31.05m・御丈21.3mの石の大仏で、磨崖仏としては日本一の大きさを誇ります。ちなみに鎌倉の大仏が高さ13.35m・御丈11.312m、奈良の大仏が高さ18.148m・御丈14.85mです。
 天明3年(1783)に大野甚五郎英令が門弟27名と3年をかけて完成させました。当時は御丈8丈、台座を合わせ9丈2尺あり、天下にその偉観を知られていましたが、江戸時代末期になって、自然の風蝕による著しい崩壊があり荒廃していました。
 昭和44年(1969)に4年に渡り復元工事が行われ本来の姿を取り戻しました。しかし本堂は粗末な仮本堂です。昭和14年(1939)に登山者の失火によって国宝仏像と堂宇のすべてを焼失してしまい、まだ再建されていないのです。

 日本寺の梵鐘は国の重要文化財に指定されています。この鐘は、はじめ下野国佐野庄掘籠郷(栃木県佐野市掘栄町)の天宝寺(現称天応寺)の鐘として寄進され、60年を経て鎌倉五山の一である浄妙寺の鐘となり、のち江戸湾を渡って日本寺に移ったそうです。最初に寄進された年は、元亨元年(1321)だそうです
日本寺の梵鐘

 鋸山の山頂近くの切り立った岩場には、百尺観音が鎮座しています。鋸山の石を切り出したところに彫りあげた観音様です。戦後、戦没者と交通事故の犠牲者の供養のために造られた観音像で、航海、航空、陸上交通の安全を守る本尊として崇められているそうです。昭和41年(1966)に6年の歳月を費やして完成された磨崖観音です。
百尺観音

 東海千五百羅漢は、江戸時代、寺の曹洞第9世の発願により、上総の名工大野甚五郎英令が門弟27名とともに、生涯をかけて、1553体もの石仏を刻み、この鋸山に安置したものです。 その規模の大きさから、日本寺は、世界第一の羅漢道場として知られています。 しかし明治維新の廃仏毀釈の中で破壊され、無残な姿の石仏もたくさんありました。
東海千五百羅漢


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