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千葉の旅と歴史
千葉の旅      市川市

法華経寺
ほけきょうじ
千葉県市川市中山2−10−1
Tel 047-334-3433


 正中山法華経寺は、祖師日蓮の足跡がみとめられる日蓮宗の大本山です。地元の人からは中山法華経寺とか中山の鬼子母神と呼ばれ、鎌倉時代の文応元年(1260年)に創建されています。
 建長5年(1253)、下総の国若宮の領主富木常忍(ときじょうにん)が日蓮に帰依して邸を寺とした法華堂を建て日常と名乗りました。また日蓮の帰依者である大田乗明(じょうみょう)も邸を本妙寺としました。戦国時代の天文14年(1545)以後、両寺が合体して法華経寺となりました。
 日常が初代貫首となり、2代目は太田乗明の子の日高が継ぎました。3代目は千葉胤貞の猶子である日祐がなりました。千葉胤貞は千葉氏の有力武将で、下総・肥前などの土地を寄進して、日祐の後押しをし、法華経寺は繁栄しました。
 法華堂、五重塔、四足門、祖師堂などの国指定重要文化財のほか、黒門、山門、絵馬堂、大仏、日常上人像、本院、鬼子母神堂、常修殿、荒行堂、聖教殿、清正公堂、大田稲荷、宇賀徳正神堂、利堂、八大龍王、妙見堂などが建てられています。

 山門ヘ続く参道は商店街の中にあり、途中に法華経寺の総門にあたる黒門があります。江戸時代中期に建立されたとみられ、木造で屋根は切妻造り、銅板葺きです。門扉は最初からつけた跡がなく吹き通しです。控柱の上にも小さな屋根がついています。扁額は掛川城主太田資順の筆で、如来滅後・閣浮堤内・本化菩薩・初轉法輪・法華道場と書かれています。
法華経寺黒門
 黒門は高麗門という形式で、矩形の2本の本柱が背後の円柱の控柱に腰貫を通して支えられています。高麗門という形式では現存する最古のものといわれています。市川市の有形文化財に指定されています。
法華経寺黒門

 法華経寺の山門は仁王門です。江戸時代中期に建てられたとみられ、総門の黒門に対し、朱塗りの赤門と呼ばれます。扁額は本阿弥光悦の筆で、「正中山」と書かれています。
法華経寺山門

 法華経寺の祖師堂は、宗祖日蓮聖人をお祀りするお堂です。建物は大きな7間堂で屋根を2つ並べたような比翼入母屋造りが特徴です。入母屋造りの2棟を1棟に結合した特殊な建築様式で、岡山県にある吉備津神社本殿(国宝)とこの祖師堂の2つだけです。
法華経寺祖師堂
 桁行7間、梁間7間、1重、錣葺き、比翼入母屋造り、正面向拝3間、背面向拝1間、こけら葺きです。江戸時代中期の延宝6年(1678)に再建された堂宇で、平成9年(1997)に10年に及ぶ解体修理が完成し、建立当時の姿に復元されています。昭和60年(1985)に国の重要文化財に指定されています。
法華経寺祖師堂
 現在の祖師堂は関東地方では数少ない大型日蓮宗仏堂の典型です。天井は一面の格縁天井で、格縁は黒漆塗り、天井板には桔梗紋が描かれています。さらに内陣周りの上部は極彩色塗りです。
法華経寺祖師堂
 堂内は正面の吹き放し外陣、内部の広い内陣、それに両脇の脇陣と背面の後陣となっています。内外陣の境には上部に揚格子、下方には取り外し可能な結界を入れています。大きな行事がある時はこれらを開け放って堂内を広く使うことができるようになっています。
法華経寺祖師堂

 法華経寺の五重塔は、本阿弥光室が父光徳の3回忌と母妙光の5回忌にあたる元和8年(1622)に加賀藩主前田利光の援助を受けて建てたものです。高31.6mあり、江戸時代初期の様式をとどめる千葉県下では唯一の五重塔です。
法華経寺五重塔
 建築様式は和様を主体として造られていますが、最上重のみは禅宗様になっています。落ち着いた和様の形式を持ち、各層の大きさは方3間、初層から4層まで軒2重繁垂木で、最上層の垂木だけを扇垂木としています。細部の装飾は少なく、蓑束と格子、窓下の格狭間に彫刻がある程度で簡素で、外部全体は朱塗で仕上げられています。
法華経寺五重塔
 屋根は銅板瓦棒葺きで、初重の正面は両開きの桟唐戸、両脇には窓枠に等間隔に格子をはめ込んだ連子窓を取り付けています。2層から上には回縁高欄が付けられています。
法華経寺五重塔
 塔の内部には中心に心柱、その外側には四天柱と呼ばれる4本の柱が建てられています。仏像を安置する禅宗様須弥檀が置かれ、千葉県の指定文化財である木造釈迦如来・多宝如来坐像を祀っています。法華経寺の五重塔は大正5年(1916)に国の重要文化財に指定されています。
法華経寺五重塔

 法華経寺の法華堂は日蓮聖人が「百日百座の説法」を行ったところで、日蓮宗本堂として建立された中で最古の建物です。法華経寺開基である富木常忍(日常)が建てたといわれ、当時銭四貫文で建てられたと伝わることから四貫堂とも呼ばれたそうです。
法華経寺法華堂
 法華経寺の法華堂は大正5年(1916)に国の重要文化財に指定されています。祖師堂ができる以前は法華経寺の本堂でした。桁行5間、梁間4間、1重、入母屋造り、銅板葺きの建物です。柱はすべて円柱で、上部を丸く細めた綜の手法を取り入れています。軒は二重半繁垂木で平三斗の斗きょうを組んでいます。
法華経寺法華堂
 間取りは正面の1間を3方吹放の外陣とし、その奥に低い中敷居を置いた内陣を設け、その間を蔀戸を吊って区切っています。内陣は左右に脇陣があり、両側面と背面には嵌板張と桟唐戸を用いています。中央の3間四方は格天井です。厨子は後方の板壁に接して安置されています。
法華経寺法華堂

 法華経寺の四足門は鎌倉の愛染堂から文永年間(1264-1275)に移築したものと伝えられています。法華経寺では、始めは本院の玄関門でしたが、明治になって法華堂前の現在の場所に移されました。四脚門とも呼ばれ、本柱のほか前後に楕円に作られた4本の控柱があります。
法華経寺四足門
 正面1間、屋根は切妻造り、こけら葺きの四脚門で、中央本柱間に両開きの扉をつけています。この門はほぼ純粋な禅宗様で造られています。本柱を棟近くまで延ばし、この前後に控柱を立てて、これらを海老虹梁という湾曲した腰の強い梁でつないでいます。
法華経寺四足門
 柱、紅梁など主要な部材には欅、その他の部分には檜、杉、桜などを用いています。細部に装飾的な技法があり、頭貫の木鼻、懸魚、桁隠の絵様彫刻など、室町時代の特徴が見られ、その頃に建立されたと考えられています。 法華経寺の法華堂は大正5年(1916)に国の重要文化財に指定されています。
法華経寺四足門

 法華経寺聖教殿には法華経寺に伝来した日蓮の御書・遺品等の寺宝を収蔵した宝蔵です。日蓮が執権北条時頼に建白した国宝の「立正安国」や、同じく国宝の「観心本尊抄(かんじんほんぞんしょう)」などの寺宝が収蔵されています。
法華経寺聖教殿


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